さいごーどんの備忘録

香港⇒セブ⇒日本 「毎日続ける」ことを目標に毎日の気づきと、時々現地の情報をお送りします。

電車の中で立ち続ける:才能の差を感じます

昨日までの関西滞在は移動が多かったという話を書きました。当然使うのは電車ですが、休日かつ時間もそこまで混む時間ではなかったようで、ほとんど座れました。しかし、朝に移動した時だけはなぜかやたらと混んでおり、ほとんど満員で、つり革のないところで立たなければなりませんでした。

私は電車で支えなく立つのがとても苦手です。つり革を掴めなかったり、壁にもたれたりできない場所に立っていると、電車が揺れるたびに転びそうになります。周りからは普通に見えても、足にはとにかく力が入り、内心はヒヤヒヤしています。駅に着いて降りる人がいたらすぐに場所を移り、なんとしてもつり革は確保しようとします。

そんな私からすると、つり革など掴めるものが近くにあるにも関わらず、平然とした顔で立ってスマホをいじっている人は本当にすごいと思います。ネットでどうしたら揺れる車内で平然と立てるのかを調べてみても、なかなかうまくいくものは出てきません。物理的に考えれば分かることでも、いざ対処するのとはわけが違うようです。

才能というのは確実にあると思います。人間も動物である以上、必ず個体差が存在し、その個体差によってはどれだけ訓練をしても勝てない部分があるはずです。ただ、才能にうまく気づけない、もしくは才能に気づいても精神面が未熟でうまく伸ばしきれないという例もあります。そういうことを考えていくと、ほとんどのことは才能よりも努力できるかどうかで決まってくるような気がします。それでも、この電車の中で平然と立つというのは才能によって変わるのではないかと思わざるを得ないくらい、私は苦手です。

私はこのことについて、才能の違いと言ってもこの程度のことばかりだろう。と考えて自分を守ります。しかし一方で、もし自分が揺れる車内でもしっかり立てるなら、それだけのことで自分を誇りに思うでしょう。でも、そういう考え方ができると楽に過ごせると、そんな風に最近は思います。

このことは最近よく考えることなのでまたしっかりまとめたいのですが、都合の良いように考える自分が見えたので、書いてみました。

それでは、また。