さいごーどんの備忘録

香港⇒セブ⇒日本 「毎日続ける」ことを目標に毎日の気づきと、時々現地の情報をお送りします。

◯◯ロスを感じる理由

実家にいるので、たまにドラマを観る機会があります。私はほとんどドラマを観ないので、家族が観ているのを横からチラッと観て、そこまでどういう流れだったかを想像しながら、面白かったらそのまま居座るといった感じです。登場人物も知らず、そこまでどういった話があったのかも全く知らずともそれなりに楽しめる話がたまにあるので、そういう時は作り方がうまいんだなあと感動します。

ドラマについてほとんど何も知りませんが、どうやら◯◯ロスという言葉が流行っていたそうです。(今はもう古い表現なんでしょうかね)ある作品が流行ったとき、その作品の放送が終わってしまうことでそれまで満たされていた何かが足りなくなり、虚無感や悲しさを感じることを言うようです。ほっこりとするような話だと多いみたいですね。

この◯◯ロスという言葉を聞いたとき、ニコニコ動画でよく言われる「難民」という言葉を思い出しました。これも意味はほとんど同じで、あるアニメの放送が終わってしまった後、虚無感を感じて他に心休まる場所(動画)がないかと探し回る人たちのことを言います。多くの場合は次の季節のアニメが始まることでそちらへ移動していきますが、あまりにもその作品に心打たれた人はずっとその作品の第一話に留まり、定期的に見返すようです。(ニコニコ動画では、アニメの第一話だけは無料の場合が多いです)そういった新しい溜まり場は、「難民キャンプ」と呼ばれています。

本来、難民という言葉が指す人々の境遇はとても大変なもので、この言葉が軽々しく使われることには批判もありそうです。ただ、行き場を失った人々を表すという点では間違っていないのだと思います。

◯◯ロスにしても難民にしても、結局は求めているものがはっきりしないまま娯楽を消費しているから発生しているのだと思います。例えばあるアニメを見るとして、そのアニメの題材となっているものを学ぶ目的なら見終わったとしても虚無感ではなく達成感があるはずです。ドラマでも、出演している誰かを見るためであればまた次のその人が活躍する作品に移れるので、ロスはないように思います。一方で視点を変えると、目的が無くても楽しめるくらい面白い作品なんだと言えそうです。というか、娯楽というのはそれが前提としてあると思います。

問題は、そんなことを考える間もなく次の作品がどんどん供給されてしまうことかもしれません。いや、それは幸せなことのような気もしますが。

考えればキリがないので最後は自分の中で答えが出れば良いのだと思います。しかしこうして享受できている生活が当たり前だと思わず、幸せなことだというのは忘れないようにしたいと思います。

それでは、また。