さいごーどんの備忘録

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お墓参りと初詣:引っかかりを無くしておく

新年と言えば初詣です。今年は元日が慌ただしかったことに加え、東京の神社仏閣の混雑が嫌だったので昨日初詣に行ってきました。そして、今日は年末に行けていなかったお墓参りに行ってきました。

小さな頃からお墓参りにはかなり頻繁に行っていました。両親の実家がどちらも県内の東の方にあり一緒に行けるので、父親がよく行っていました。時にはいやいやながらも仕方がないと自分を納得させてついて行っていました。今では実家を離れているのでたまに帰ったときにはむしろ行っておきたいと思うくらいで、積極的にお参りをしています。

初詣にしてもお墓参りにしても、それ自体で生活が何か変わるわけではありません。むしろ、行かないほうが他のことに時間を使えて効率的です。行くためには時間の他に金銭手な経費もかかります。それは、小さな頃から分かっていました。いくら携帯ゲーム機を持っていっても、移動中は酔ってしまうので遊べません。読書などもってのほかです。それは今も同じです。動画を見たりネットを使ったりできるようになりました。でも、同じことをするのなら家の方が疲れないし捗るし、どう考えても出かけないほうが良いのです。にも関わらず初詣もお墓参りも、毎年欠かさずに行きます。それはなぜでしょうか。

結論から言ってしまうと、自分が満足できるかどうかという点に尽きます。何かが自分に起きたとき、特に悪いことや解決が難しいことが起きたときに、自分がやるべきことは全てやっていたと言えるようにしておきたいのです。その時、神仏へ祈りを捧げておくというのはとても良い言い訳になります。神様仏様にもお祈りしておいたのにダメだったなら仕方ない、あるいはお祈りしておいたからこの程度で済んだのだと言えます。

実際に起こることとお祈りが関係するかどうかは分かりません。ただ、お祈りしていないこと、お参りしていないことが気がかりになるのであれば、やっておけば良いと思います。精神的な安定を時間をかけて手に入れると思えば、ありがたいものです。

こんなふうに書いていますが、私はかなり信心深い方だと思います。頻繁にお参りするとかではなく、心の中に思い浮かべるという感じですが。

明らかにお参りの頻度が減っているなとふと感じたので、考えてみました。意識していないだけで自分という人間の形成に大きく関わっていることだと思うので、しっかりと向き合いたいと思います。

それでは、また。